中村憲剛のイクメン対談 第6回 坪井節子さん
総集編

中村憲剛&坪井節子さん

中村憲剛とスペシャルなゲストが、育児について話し合う「中村憲剛のイクメン対談」も6回目となりました。今回は、社会福祉法人カリヨン子どもセンターの理事長をつとめる弁護士の坪井節子さんをゲストに迎え、実際の活動のエピソードや子どもたちから学んだことなど、貴重なお話をたくさん語っていただきました。また、虐待問題に苦しむ子どもたちを守るシェルターを全国に作る夢について、熱い思いを分かち合いました。

中村:初めまして。今日はお越し頂きありがとうございます!!

坪井:こちらこそお招きありがとうございます!それにしても、中村選手が虐待問題のために社会貢献活動をされていることにビックリしました。虐待や児童養護施設の子どもたちの問題はマイナーな問題と見られがちなので、そこに支援活動をするという例が少ないので本当に驚いています。お忙しいなかこうして地道に活動していることに感銘を受けました。施設の子どもたちに、中村選手に今日会うことを伝えたら「えーっ!?サインもらってきてー!!」と叫んで大変でした(笑)

中村:皆、来てくれて良かったのに(笑)

――坪井さんは、様々な子どもと関わっていると思いますが、活動を始めたきっかけや、子どもたちの話を聞くなかで感じたこと、学んだことを教えてください。

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坪井:子どもたちと出会ったという意味で言えば、1978年から子どもたちが電話相談できる「子どもの人権救済センター」というところで相談員の弁護士として活動をスタートしたのがきっかけです。今年で28年目に入ります。今までに出会った子どもたちがいなければ、今の私はいなかったと思うほど、私は子どもたちに育てられ、導かれてきました。

中村:子どもたちに育てられたというのは?

坪井:当時、活動を始めて間もない私は、人権問題は障害者や労働者、高齢者の人権など難しいイメージを持っていました。しかし、何もできない私でも、子育てをする母親ですから「子どもの相談くらいなら乗れる」と軽く思っていたのが正直なところです。ですがいざ始めたら、生死の瀬戸際で苦しむ子どもたちの壮絶な状況にショックを受けました。それまでは「弁護士なんだから、大人なんだから、苦しんでいる子どもがいたら助けてあげなきゃ」くらいの感覚でした。

でも本当に苦しんでいる子どもたちを目の前にすると、どうしていいのか分からない。何もできない。その子どもたちに「これが解決法だよ」なんて提示できる世界ではありませんでした。その子たちと出会ったときは、「私は何も役に立たないから、逃げ出したい!」というのが正直な気持ちでした。

でもある日、自殺未遂をした中学生の男の子が「子どもの話をこんなに一生懸命聞いてくれる大人がいると思わなかったよ」と言ってくれて「子どもたちが求めていたのはこれか!」と気づきました。それまでは「私の力で何とか問題を解決しなきゃ、この子を元気にしなきゃ」と思っていましたが、それは思い上がりだと分かったんです。子どもたちはただただ、苦しんでいること、悲しんでいることを聞いてくれる人が欲しかったんですね。そのとき初めて「私、この現場にいてもいいかもしれない」と実感しました。

中村:すごいお話ですね……。しかも28年間も活動を続けているという……。

坪井:そこからやっと本当の活動がスタートした感じです。子どもたちの話を聞いて「あなたがいいと言うまではそばにいるよ。どうしたらいいのか分からないけど、一緒に考えようよ。あなたに生きていてほしい」と訴える。できることはそれだけ。そう居直ったときに、死のうと思っていた子どもたちが「あれ、誰かそばにいる。僕、一人ぼっちじゃない。僕に生きていてほしいと言ってくれる人がいる」と我に返るんです。これは私たちの力ではありません。子どもたちが自分の力で立ち上がる。もう、感動しっぱなしですよね。

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中村:すごく勇気をもらいました。僕もChildOneの活動を始めたとき、さすがに虐待が大幅に減ると過度な期待はしていないですけど、それでも心のどこかで「自分が始めたからには……」という思いが顔をのぞかせる瞬間はありました。その中で、「僕の活動は意味があるのだろうか?」と。今の話を聞いて……無力でいいんだなと思いました。

坪井:同じです。私たちも日々同じ無力感と闘いながら活動を続けています。私は職業柄、非行少年や犯罪者の弁護も行ないますが、これが本当に辛いです。彼らは、世の中の皆が敵だと思ってしまっています。自分が苦しんでも悲しんでも誰も関心を持たないという一人ぼっち感は、私が死んでも誰も悲しまないという思いにつながり、自暴自棄になります。鬼にもなる。恐ろしいことも平気でやっちゃう。ここまで一人ぼっちに追いつめられたら、人殺したくなるよねと思います。人を殺すって、自分を殺すことなんですよね。「自分が死んでもいい」と思ってやっているから。私たちがやれることは「一人ぼっちじゃないんだよ」と伝えることだけ。自分の無力さに絶望する必要はありませんが、何もできないことをまず自分に言い聞かせます。この心境に達するまでに、何度も何度も打ちのめされました(笑)。世の中には、本当に一人ぼっちの子が多いんです。一人ぼっちにされたら大人だって生きていけないじゃないですか。

中村:大変ですね。

坪井:私がカリヨンを通じてシェルターを作ろうと思ったのは、そうやって自分が出会ったなかで、助けられなかった子どもの存在があります。あの子がこの世で生きていくためには、何が必要だったんだろうと必死に考え抜いて、シェルターを考えつきました。「今晩泊まるところがない」とやって来た子が、誰かに見守られ、ご飯が食べられ、お医者さんに連れて行ってもらえる居場所を作る。それなら私にもできると思いました。シェルターでは今、320人の子どもたちが生きています。皆さんにまわりに、もし苦しんでいる子どもが一人いたら、その子を救うことを考えてほしいです。私たち人間が、自分の子ども以外に「あなたに出会えたから死なないで済んだ」という子どもを一人生み出せれば、ものすごいことになりませんか?

中村:本当にそう思います。この対談まだ始まったばかりですが、もう、対談した甲斐がありました(笑)。

――坪井さんが出会った子どもたちの話、非常に感銘を受けました。続いて、子育てに関するお話をお聞かせください。お仕事と子育ての両立は難しかったと思いますが、一番苦労したのは思春期ですか?

坪井:そうですねぇ。虐待問題の活動経験は、子育てにも活きました。私には3人の子どもがいるのですが(上から長女、次女、長男の3人)、彼女たちが物心ついた頃すでに、私は虐待を受けた子どもたちがいかに親に話を聞いてもらえずに苦しんだのか散々見聞きしてきたので、「我が子の話はしっかり聞こう」と思っていました。“思っていた”んです。

中村:と、いうのは?

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坪井:真ん中の娘が小学4年生のとき、ある朝「お母さん、私ここに電話しようと思うんだ」とあるカードを見せました。それは、学校が子どもたちに渡している「教育委員会の子どもの人権110番」のカードでした。目を疑って「え!?どうして!?」とビックリしました。そうしたら「お母さん、話をぜんぜん聞いてくれないんだもん」と言われて……。

中村:うわー!それはショックですね。

坪井:叫びたくなりました(笑)。自分では話をよく聞く母親だと思っていたのに、子どもはそう思っていなかったんです。そこで「聞く聞く聞く」と慌てたんですけど、彼女がアピールしてくれただけ良かったと思います。

中村:本当にそうですね。

坪井:そのとき私は、子どもの不登校で苦しんでいたお母さんたちに「学校よりも、まず命が大事。お子さんが今日生きられることを考えましょう」と励ましてきたことを思い出しました。でもいざ自分の娘のことになったら「うちの娘が不登校になってしまった。どうしよう!」とパニックでした。そして「熱もないし何ともないでしょ!学校に行きなさいよ!」と言いかけました。ですが過去に接してきた子どもたちやお母さんたちが頭によぎり、ぐっと堪えたんです。

冷静を装ってお皿洗いをしながら……「どうして行きたくないの?」とやっと聞くことができました。すると娘が「お休みしたい」と言うので、その日は学校を休ませました。その後も何度か不登校になり、いじめの内容が明らかになっていくのですが、「お母さん、今日は大丈夫だよ。ウサギ小屋で、ウサちゃんの世話をしているから」とか「辛かったら図書館に行くから」とか聞かされて……親はたまらんでしょ!?

中村:たまらないです。

坪井:ある日、いても立ってもいられなくなって「学校に行ってあげようか?」と提案してみたんです。すると子どもが「やめて。お母さんみたいな弁護士が学校に行ったら大変なことになる」と言うわけですよ。実際そのとおりなんです。子どもの思いを離れて、母親が自分の苦しみのために動く。子どもの苦しみに寄り添えない。

そのときに母親と子の関係もダメになってしまいかねません。私は子どもが辛い思いをしているのを見ながら「それでも何もしてはいけないんだ!」と助けたい気持ちを噛み殺し、「お母さんはあなたの味方よ。やってほしいことだけやるよ」と伝えました。

中村:すごい……。これは、いじめを解決できる一つの方法かもしれないですね。いじめの根本原因を変えるのは難しいですが、いじめで傷つく子が増えない親の接し方の参考になると思います。

坪井:苦しみに寄り添い、子どもの人生は子ども自身に歩かせる。この感覚を親が保つことで、子どものプライドが維持されます。そのために親は、堪えないといけません。国連が「子どもの権利条約」というものを出しているのですが、そのなかに「子どもたちは生きる権利があり、成長・発達する権利があり、表現する権利があり、秘密を守られる権利がある」と子どもの人権について述べた文章があります。日本は「子どもたちを大事に」と言いながら、子どもたちを一人の尊厳ある人間として見る感覚が希薄です。

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中村:たしかにないですね。

坪井:あるのはむしろ、保護の感覚です。この感覚が危ういのは「あなたのためよ」と言いながら支配になってしまうことです。子どもが奴隷になり、殴られ、家から放り出される可能性があります。子どもの権利条約では、子どもが非行に走る原因について「幼い頃から子どもが人権を侵害された蓄積の結果」と述べ、「子どもとパートナーシップを組むことこそが、子どもの人権を保証することであり、非行予防の道」だと言うんです。

パートナーシップというのは、放り出すことでも主従関係でもありません。対等に助け合い、共に泣き、共に笑い、それぞれが自分の道を歩みましょうという関係です。これをやれと国連は主張していたんです。私は「子どもを救え」と言っていた分際で、自分が子どもの人権を侵害している親じゃないかと気づいてショックを受けました。でも、いざ子どもとパートナーとして生きようと思っても、どうしていいのか分からなくて散々悩みました。どこにもマニュアルがないんですから。

中村:ないですね。

坪井:私はそこで保育園に入った娘の一人に、着ていく服を選ばせました。彼女は服を漁って、ぜんぜん色合いが合わないものを選んで着ました(笑) 「この色は?」とアドバイスをしたりもしましたが、原則、我が子の意志を尊重して、決定権を与えました。そういうことの連続は本当に大変でしたが、「あなたの人生はあなたが選びなさい」とやっていくうちに、子どもたちと生きることの気持ちよさ、面白さが分かってきました。

そして娘の一人が15歳になったあるとき、「私も生まれて15年、親も親になって15年。どっちも未熟で当たり前よ」と言われました。本当に、「親をさせて頂きありがとうございます」という気持ちです(笑)

中村:実際そうですね。親は、偉くないんですよね。

――今まで色んなお話を聞かせて頂きましたが、改めて活動のことを聞かせてください。坪井さんがご自身で活動する前後で、周囲の虐待問題に全く関わっていない方々の意識の変化などは?

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坪井:まずは弁護士会でした。弁護士仲間が「それ弁護士の仕事なの?」と尋ねてきました。その意識を変えてもらい、仲間になってもらいました。そこが一番大きかったです。私たちはリーガル・ソーシャル・ワーカーという言葉を作り出して、弁護士は何も法律だけで戦う必要はないじゃん。困った子どもたちの相談を受ける一人の人間として、その子たちとともに生きるだけだ。私たちはたまたま弁護士。それなら弁護士の力を活用して問題に取り組めばいいじゃないかと考えました。弁護士として、児童相談所やお医者さんの間で、子どもの代弁者として色々コーディネートしてあげればいいじゃないかと思ったんです。法律が盾になれば、子どもたちにとって強い味方になるじゃないか、と。

この考えが弁護士会のなかで広まり、カリヨン子どもセンターに入るための相談窓口を、弁護士会で取り持っています。子どもの担当になる弁護士の費用は、弁護士会で会費を強制徴収して賄っています。それから苦しんでいる子どもたちの実状を発信して、企業や団体、個人の方に寄付を募り、カリヨンの運営資金をサポートしてもらっています。

カリヨンの運営資金は、間に弁護士が入っているから明瞭会計。資金の流れは全て見せ、私たちは一銭ももらいませんというスタンスでやっています。だから「お金の出しがいがある」と言って、カリヨンは色んな形でお金の援助を受けています。厚労省や自治体の理解獲得や事業認可を目指しつつ、私たちが自分でできることを、弁護士が、市民が、企業が、団体がそれぞれやっています。無力でいいけど、自分たちのできることをぜひやってください、そうして仲間になってください。私たちがまずやれることを実践して、そして国も関わってもらいましょう。こう働きかけました。人と人がつながれば色んなことができます。夢を皆で共有すればいいんだと思いました。夢を共有することで、色んな立場の人が自分ができることは何だろうと動いてくれます。世の中、捨てたもんじゃない、ソーシャルアクションとはこういうものだと実感しました。

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中村:……かっこいいな(笑)。本当にかっこいいです。本気の行動は人を動かすと思います。僕もサッカー選手なんですけど、弁護士が法律だけでいくというのは、サッカー選手がボールを蹴るだけ、みたいなものじゃないですか。けれども川崎フロンターレの選手として、色んなところに出向いたりイベントに出ることは、坪井さんたちの活動と似ているのかなと思います。僕自身もサッカー選手はボールを蹴るだけじゃダメだと思っているので、Jリーガー一人一人がそういう風になったら大きいですね。

東日本大震災のときも、皆が一致団結して動いたら、すごいパワーになりました。色んな人たちが手をつないで協力し合う。スポーツの力はすごいなと思いました。僕が今こういう活動をしているのは、それも要因の一つなんですが、本気になって皆が動くとすごいですよね。坪井さんの話も、聞いていて「どっかで聞いた話だな……」と思っていたら、自分にも当てはまるなと思いました。

このChildOneの活動を僕が始めていなかったら、今日の坪井さんとの対談もなかったですし、これはすごい大事で、微力ながらお手伝いできればと思いました。こんな言い方失礼ですが、「こんな元気なおばちゃんを手伝ってあげたいな」と思いました(笑)

坪井:ぜひぜひ!私たちには、42都道府県の全てのシェルターを開くという夢があります。今すでに準備が始まっていて、来年の春には大阪と沖縄にシェルターが開設される予定です。兵庫や埼玉でも機運が高まっています。

中村:それこそ今、Jリーグも全国にカバーされています。そこをうまくつなげたらすごいですね。僕自身もこの活動をJリーグに広めて、各クラブでその地域で皆を守ろうよというのが究極なところです。少しずつですが、賛同してくれる選手もいると思います。いや、できると思うな。全国にシェルターを作って、サポートはJリーグみたいな。たぶん坪井さんが言ってくれればできると思います(笑)

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坪井:ぜひつないでください!最初は夢物語に過ぎないかもしれませんが、それでも皆がつながれば、きっと現実になります。

中村:なんかできると思います。いや、きっとできます。今日は坪井さんに出会えて本当に良かったです。対談前はどんな人かなと想像していましたが、イメージどおりでした!

 

 

坪井節子さん
■坪井節子 Setsuko Tsuboi
1978年3月、早稲田大学第一文学部哲学科卒業。1980年4月、東京弁護士会にて弁護士登録。1984年4月、坪井法律事務所開設。1987年11月から、東京弁護士会子どもの人権救済センター相談員。東京弁護士会子どもの人権と少年法に関する委員会委員など。2004年6月から、NPO法人カリヨン子どもセンター、2008年3月から、社会福祉法人カリヨン子どもセンター理事長。<br/ >

著書 子どもたちに寄り添う(いのちのことば社)、子どもは大人のパートナー(明石書店)、弁護士お母さんの子育て新発見(草土文化)、少年法・少年犯罪をどう見たらいいのか(明石書店・共著)、子どもの人権双書⑦乳幼児期の子どもたち、⑨子どもたちと性(明石書店)、人権を考える本②子ども・障害者と人権(岩崎書店)、わたしの人権 みんなの人権・第2巻 いじめ、暴力、虐待から自分を守る(ポプラ社)、お芝居から生まれた子どもシェルター(明石書店・編集代表)